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アンチワールド
Episode 7  生

 深夜、静寂に包まれ私は自宅のベッドで眠っているときだ。突如、下から突き上げられたかのような大地震とともに目が覚め、家が崩れ行く中、必死で外へ抜け出していく。

 家の方へ目を向けると、瓦礫に挟まって身動きの取れない子どもの姿。頭上にはまるで巨大な亀のような怪物が、槍のように尖った尻尾の先端を子どもに向けている。子どもは必死に泣きながら「助けて……!」と叫んでいる。すると次の瞬間、子ども目掛けて尻尾が一直線に飛んでいき、小さな体を貫く。辺りにどす黒い血飛沫が悲惨する。

 ***

「おや、お目覚めですね」
「……ん」


 体を起こし、寝ぼけ眼を手でこすり、ぼやけた視界の焦点を合わせる。


「おはようございます、美咲さん。というより、こんにちは、ですかね」
「先生……おはよう」
「……バイタルチェック、異常なし。うん、順調に回復していますよ。まぁ、これだけ熟睡できているのですから、そのおかげかもしれませんが」


 看護服を来た物腰の柔らかい男がニコッと微笑み、私の腕に巻かれた検査用のバンドを外しながら話しかけてくる。遠回しに寝すぎだと言われているような気がした。


「回復力はかなり早いほうですね。このまま行けば、あと一週間もすれば完治と言っていいでしょう」
「はあ」


 寝癖のひどい頭を掻きむしりながら、大きなあくびをすると、再び私はベッドに倒れ込む。勢いよく倒れ込んだせいか、パイプベッドから軋む音が鳴った。


「美咲さん、いくら寝るのが回復には良いからと言っても、二度寝はよくありませんね。そろそろ体のリズムを戻していかないと」
「……」
「とりあえず、私は少し用事があるので席を外しますが、お昼をちゃんと食べたら、ここにおいてある薬もしっかり飲んでおいて下さいね」
「……はーい」


|東山《ひがしやま》|充《みつる》。口うるさいこの男の名前だ。ハンター協会本部に所属するハンター専門医で、普段は任務で怪我を負ったハンターの手当をしている。A級ハンターライセンスを持っているが、戦闘は専門外らしい。今は私の治療を最優先してくれている。


 私はあの任務の後、致命傷を負い、瀕死の状態で約二週間ほど昏睡状態だったらしい。治療班と、この充先生の賢明の処置のおかげで、何とか一命は取り留めたそうだ。意識が戻ってからと言うもの、毎晩のようにあの時の子どもの夢を見るようになった。夢の中であの子は、必ず「助けて」と叫ぶ。


 後に教えてもらったことだが、私が助けたあの子は命に別状はなく、無事に施設へ預けられることになったそうだ。あの大型クリーチャーは、ダメージを蓄積できていたおかげか、無事に討伐したと聞いた。ただ、両親はあの日の怪物災害で亡くなったらしい。あの子が助かったこと、無事にクリーチャーを討伐できたことに安堵していたのもつかの間、私の意識が戻ったと聞きつけた彼らが、病室に駆けつけてきた。


 紗綾と英真は、それはもう姑のように泣きながら怒鳴ってきた。それだけ私が無茶な行動を取ったからだろう。二人とも心配してくれていた。拓夢と明も、今回はさすがに勝手な行動を取ったことを注意された。そして、一番厄介だったのは円だ。意識が戻ってからと言うもの、毎日のように嫌味をネチネチと言われ続け、耳にタコができるとはこのことかと思ったぐらいだ。冷静を装っているように見えたが、その時の円は、いつも目に涙を浮かべて喋っていた。

 


 皆が|一頻《ひとしき》り好き勝手に、私に対して愚痴を吐いていった数日後、蓮と二人で話をする機会があった。


「まったく、アレだけ無茶はしないでって言ったのになあ」
「……ごめん」
「だいたいねぇ美咲ちゃん。前にも言ったけど、君の命は僕のものなんだよ? 僕が拾ったんだから」
「……だからごめんって」
「まあ、結果的にあの子は無事で、クリーチャーは討伐。君もまぁ、無事とはいかなかったが、こうしてちゃんと生きているんだ。結果オーライなのかな」
「……」
「……それで?」
「ん?」
「それで、美咲ちゃんはどうしてあの子を助けたの? 自分の身が危険だって分かってたはずだよね」
「うん……」


 確かに私は、任務が始まってから「恐怖心」というものが、少なからず芽生えてはいたと思う。ただ、あの時の私は、たった一つの感情で動いていたことを、ゆっくりと思い出し、それを蓮に伝える。


「あの子が、助けてって」
「うん」
「助けてほしいって、それってまだ生きたい、ってことだよね」
「そうだね」
「アタシは……この世界に生きる意味なんてなくて、『死』という選択をした。この先の未来には、希望なんて無いと思ったから。アタシが生きている意味なんて無いって思ったから」


 一呼吸おいて、少し息を吸ったあと、私は蓮に話を続ける。


「でも、あの子は生きたい。理由なんて知らないけど、生きたいと願ってた。そして、私はあの時、あの子を助ける力があって、助けることができる場所にいた」
「君があのとき動かなかったら、あの子は生きることができなかったね」
「ねぇ、蓮」
「なんだい?」


 涙が溢れそうになるのを我慢しながら、上擦った声で、私は心の中に溜まっていた何かを吐き出すように、蓮に問いかけた。


「あの子にとって……私……という存在は、意味の……ある存在……だったのかな。生きる……希望に……なれたのかな……」
「……それは僕には分からない」
「そう……だよね……」
「だから、直接聞いてみたらどうだい?」


 すると、病室の扉がガラっと開き、そこには円に連れられてきた、顔や手足に擦り傷を覆うように絆創膏を貼った、見覚えのある小さな少年が立っていた。


「こちらへどうぞ」


 蓮の優しい声に、少年はゆっくりと私の方へ歩み寄る。私は、胸が熱くなっていくのを感じた。


「……あの」


 少年が、か細い声で話し始める。私は耳を澄ますようにして話を聞く。


「お姉ちゃん……あの時、僕を助けてくれて……」


 俯きながら喋る少年が、ゆっくり顔を上げて、まるで天使のような満面の笑みで、私にこう言った。


「助けてくれて、ありがとう! 僕も大きくなったら、お姉ちゃんみたいなハンターになるよ!」


 心の何処かにしまってあった感情が、パチンと弾けるような感覚で、自分では止めることはできなかった。この時の私は、どんな顔をしていたのだろう。溢れ出てくる涙。悲しいわけではない。視界が少し細くなり、目を細めて自分の広角が上がっているのも分かる。私は、少年に返事をした。


「なれるよ、きっと」


 私は、彼にとっては意味のある存在だったのだ。

 そして、この力を使うことで、同じように「生きたい」と願う人々にとっても、意味のある存在になることができる。今なら、あの日円に言われた言葉の意味が、理解できるような気がした。


 私は、私が生きる「意味」を見つけられた気がした。
 ここが私の生きる場所なのだ――。

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