アンチワールド
Episode 3 命
「ここが、我々トウキョーシティハンター協会本部の、メインオペレーティングシステムルームです」
「機械がいっぱい」
「政府公認の技術部隊によって構築された最新鋭のシステムです。現場に出ているハンターとは常にネットワークを介して繋がっていて、彼らの見ている映像・音声などは全てこちらのオペレーターに伝えられます」
私が知る限りでは、ここで使われている機械群は、今の日本では見たことがない。恐らくハンター専用に作られた日本の技術の結晶なのだろう。無数の監視画面やパソコンのような機械の前に、三人の女性が座っている。彼女らがオペレーターなのだろうか。
ハンターライセンスを発行したあと、遠藤円は「ハンター協会本部」について、教えてくれた。今私が居る場所は、トウキョーシティ周辺で活動するハンターが在籍する、日本最大規模のハンター本部だそうだ。ちなみに、世間には本部の場所は公表していない。施設内を見て回り、最後にたどり着いた場所が、このオペレーティングシステムルームだ。本部の心臓部と言われているらしい。
「|神海《しんかい》会長、藤堂美咲を連れてまいりました。全ての手続きは完了しております」
「ああ、ありがとう円! そしてお疲れ様、美咲ちゃん」
随分と馴れ馴れしく名前を呼んできたこの男こそ、私が白い部屋で最初に見た男だった。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕は『|新海《しんかい》 |蓮《れん》』。この協会の会長さ、よろしくね」
会長と聞いて、とても驚いた。なぜなら、ドラマなどでよく見かける「会長」とは、まるでイメージが違っていたからだ。普通は社長を退任して定年も過ぎた老人が就くポストだと思っていた。蓮は見たところ、まだ二十代前後に見える。
「気分はどうだい? 美咲ちゃん」
「・・・・・・よく分からない」
「まだ覚醒したばかりだもんね、無理もないよ」
少しだけ落ち着きを取り戻し、状況を整理できてきたせいか、私はさきほど円に聞こうと思っていたことを、蓮にぶつけてみた。
「あの」
「ん、なんだい?」
「どうして・・・・・・」
「どうして私は生きてるの?」
声に出してから気がついたが、この質問はあまりにも不自然だ。自分がなぜ生きているのか、普通の人間は疑問にも思わないはずだ。
「ああ、そっか。そうだよね、その説明をしていなかったよね」
説明と言えば、ここへ来てからというもの、まともな説明など事務室にいた那月を除いては一切ない。私はじっと蓮の顔を見つめた。
「君はあの日、ビルの屋上から飛び降りたんだ。それは覚えているよね」
私は黙って頷く。
「君は命を捨てたんだ、藤堂美咲。だから、代わりに僕がその命を使おうと思って拾ったんだよ」
「拾った?」
「まあ、本来なら『助けた』って言うのかな。でも君はそれを望んでいなかったわけだから、結果的に僕たちが拾ったってことになるかな。君が地面に衝突する直前にね」
ハンターの能力があれば、恐らくそんなことは|容易《たやす》いのだろう。蓮の説明にも、妙に納得する自分がいた。確かに私は、助けてもらうことなど望んではいなかったから。
「拾ったから、何だって言うの?」
「つまり、君の命をどうこうするのも僕らの自由。君の命の持ち主は僕になったわけだ」
命は金に変えられないとはよく言うが、まるで物の貸し借りのような価値観で話している彼を、私はつい不審な目で見る他なかった。
「私をどうするつもり?」
「あははは、そんな怖い顔しないでよ。君は覚醒して、ちゃんとハンターになった。僕たちの仲間になったんだ」
仲間になったと言うよりは、仲間にさせられたと言うべきか。
「君はハンターとしてとても優れていると思うよ。身体能力もさることながら、君は『死』というものを恐れていない。そうだよね?」
あの日、私は自ら「死」を選んだ。迷いはなかった。恐怖心も、未練もない。その私が、ハンターとしてあの日両親を奪った|怪物《クリーチャー》と戦う。戦って死ぬ可能性に恐怖心があるとしたら、ちゃんちゃらおかしな話である。頭では分かっていた。しかし、私はすぐに返事を返すことができなかった――。
少しの間が空いた後、部屋の扉が再び開く。
「ふう、今日の|怪物《クリーチャー》は大したことなかったぜ」
「どの口が言うのでしょうか。私が援護していなかったら致命傷じゃ済まなかったですよ」
「あー、はいはい、先生は口うるさいねぇまったく。結果オーライだったんだからよかったじゃないの」
「そうですか、それなら次はあの状況になっても援護はしないと言うことでよろしいですね?」
「それは同じハンターとして助け合うのが筋ってもんじゃないのー?」
「そこまでにしてください、|明《あきら》さん」
部屋に入ってくるや否や言い合いをしていた二人の男を、痺れを切らしたのか円が仲裁する。
「ヒュー! 相変わらず厳しいねぇマドカちゃん」
「あなたにちゃん付けで呼ばれるほど、親密な関係になった覚えはありませんが?」
「親密ってねぇマドカちゃん。俺はね、お子様には興味ないのよ。俺の好みはリディアみたいな大人なブロンド美人がタイプなの。自意識過剰だなぁ」
「あなたのタイプなど一ミリも興味ありませんが、十八歳をお子様呼ばりしたのは聞き捨てなりませんね」
驚いた。遠藤円の立ち振る舞いから歳上だとは思っていたが、まさか私と2つしか変わらないとは。それに、この明という男に対して、あの冷静な円が少し熱くなっているようにも見えた。こういう挑発は乗らないタイプだと思っていた。私のことはさておき、まだまだ子供だなと思ってしまった。
仲裁に入ったように見えた円だったが、気がつけば明と円の言い合いになっている。
「はいはい、そこまでそこまで。今日は記念すべき新人を歓迎する日だっていうのに。みんなデリカシーがないなぁ」
「ごめんね美咲ちゃん」
「いや、別に……」
申し訳無さそうに蓮が気を使ってくれたが、私はそこまで気にするような繊細な性格ではない。
蓮の声にハッとしたような様子で、円が私に軽く会釈をすると、気まずそうにその場から一歩下がった。
「お、そうかそうか、この子が噂の新人ちゃんか」
金髪で後ろ髪を|括《くく》っているスーツ姿の、この明という男の喋り方は、いかにも女たらしに聞こえて妙に鼻につく。
「明、美咲さんが困っていますよ」
「なんだよ|拓夢《たくむ》。俺はね、新人の子が馴染みやすいように、あえて話しやすい雰囲気作りをしてるっつーの。コミュニケーションだよ、コミュニケーション」
ハンターとは、こんなにもお喋りでガサツな人間たちなのだろうか。それとも明という男が特殊な人間なのだろうか。彼らがあの|怪物《クリーチャー》と戦っているのだと思うと、少し拍子抜けした。
「美咲ちゃん。さっきから君にうざ絡みしている彼が、C級ハンターの『|佐藤《さとう》|明《あきら》』」
「うざ絡みだなんて酷いなぁ会長まで。ま、とりあえずよろしくね、美咲ちゃん」
「そして、その横にいる彼が『|一ノ瀬《いちのせ》|拓夢《たくむ》』、A級ハンターだよ」
「はじめまして、美咲さん。あまり気負わず、リラックスしてくれていいですよ」
明とはまるで正反対の紳士的な拓夢が、私に微笑みながら話しかけてくれた。その目の奥に、少しだけ威圧感を感じたのは、彼のハンターとしての実力なのだろうか。
一通り施設の説明と自己紹介をしたあと、今日は疲れているだろうからと、今後のことについては、明日説明してもらうことになった。その後、本部内のカフェテリアに案内されて、円と夕食をともにした。そういえば、ここに来てから何も食べていなかったし、今が何時なのかもさっぱり分からなくなっている。まるで、この世界から隔離されたような気分になっていた。
「円は、どうしてハンター協会に?」
フォークを持っていた円の手が止まる。
「……神海会長のおかげです」
「会長の?」
「私も美咲さん、あなたと同じように、過去に|怪物《クリーチャー》災害で被災し、全てを失いました。確か八歳の時だったと記憶しています」
どこか悲しげな表情をしながら円は続ける。
「私は身寄りがなくなり、一人トウキョーシティのスラム街の路地で生活していました」
品のある見た目の円が、スラム街で生活している姿を、とても想像できなかった。予想外の生い立ちを聞いて、私は少しだけ申し訳ない気持ちになった。私は、孤児院でそれなりの生活ができていたから。
「スラム街で生活していたある日、そこでも|怪物《クリーチャー》が出現しました。その時私を助けてくれたのが、会長です」
「そこから、どうしてここに?」
「私もその時、覚醒したのです。それを見た会長は、私をハンターとして迎え入れてくれました。会長は私の命の恩人です」
会ってからほとんど笑顔を見せなかったが、神海蓮の話をしているときの円は、どこか嬉しそうだった。それにしても円がハンターとして覚醒していることに私は驚いた。
「へー……ってことは、円もハンターなの!?」
「ええ、A級ライセンスを取得しています」
思わず声が上擦ってしまった。てっきり受付担当や事務員なのだと思っていた。
「私は、この世界に希望を感じています」
「……どうして?」
「ハンターです。私も含め、ハンターこそが|怪物《クリーチャー》を消滅させるために必要です。会長は、そのために奮闘されています」
「……でも、ヤツらはいなくならない。どれだけ倒しても」
「それでも、我々が授かった力は、人々に生きる希望を与える。そう信じています」
「私は、そんな希望感じなかった」
「全員を救うことはおそらく不可能です。しかし、あなたのような感情を抱く人間を、これ以上増やしてはいけない。それに――」
円が少し間を空けて口を開く。
「私も、あなたも、今は『生きる意味』がある」
「生きる、意味……」
「覚醒した今、その力で救える命があります。人類の一パーセント未満の人間しか手に入れることができない力です」
「それは――」
私の声に、円が喰い気味に続ける。
「あなたはその力で、多くの命を救うことが、あなたの生きる意味なのではないですか?」
二人とも食事の手が止まっている。カフェテリア内には私と円の声だけが、響き渡っていた。
カフェテリアのデジタル時計は、すでに二十一時半と表示されていた――。