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アンチワールド
Episode 6  自覚

「美咲、後ろは俺たちに任せておけ!」
「了解」
「美咲さん、冷静に敵の動きを見て隙を突くのです」
「分かって・・・・・・るって!」


 先程よりも、わずかにサイズが小さい。私は一気に距離を詰め、前足を狙って薙ぎ払うように剣を振る。


「グギャァ!」


 つんのめるように倒れ込むクリーチャー。背後では明と拓夢がもう一体と戦っている。


「よし、これで・・・・・・」


 とどめを刺そうと剣を振りかぶると、それよりもわずかに早く、クリーチャーの後ろ足が上がったかと思えば、身体を半周回転するようにして私目掛けて振り下ろしてくる。風圧と共に空気を切り裂く音が聞こえてくる。


「美咲さん、後ろ!」


 拓夢の声と同時に私はその場で上空に飛び上がった。着ていた黒いジャケットの裾がクリーチャーのまるで巨大なハンマーのように飛んでくる後ろ足へわずかに触れ、糸がほつれる。


「このまま、決める!」


 上空へ舞い上がった私は、先の戦いで見た明の動きを模倣し、体が落下し始めるタイミングで体勢を水平に傾け、横向きに回転しながら持っていた剣を一気に甲羅目掛けて振り下ろす。


「はぁぁぁあああ!」


 金槌で金属を叩いたような打撃音と同時に、刃がクリーチャーの身体に入っていく。手に伝わってくる肉を断つ感覚。鈍く響き渡る切断音。甲羅を突き抜け本体を両断しながら、そのまま地面へと着地した。


「ギャアアアアアアアア!」


 飛散する紫色の体液。断末魔とともにクリーチャーが消滅する。同じくして、明と拓夢が相手をしていたほうも、消滅していくのが横目で見えた。


「・・・・・・」


 自分がアクロバティックな技を決めたことに驚きを隠せず、私はしばらくその場に立ち尽くした。覚醒で得たハンターの力とは、こんなにも自分を変えてしまうのかと、恐ろしささえ感じていた。


「グッジョブですよ、美咲さん」
「ま、初めてにしては上出来じゃないか」


 明と拓夢の声で我に返る。私はこの手で、クリーチャーを討伐したのだ。その実感が湧いてくることに、さほど時間はかからなかった。


「目標の撃破を確認。残り一体です」
「よし、いいペースだ。Bチームのほうはどうだ?」
「こちらBチームオペレーター|綾音《あやね》です。先程、生体反応を確認した住民は、全員避難が完了しました」
「あとはこちらの小型クリーチャーのみですね。美咲さん、いけますか?」
「うん、大丈夫」


 現場のハンターは、常に本部にいるオペレーターと連携を取りながら任務を勧めていく。Bチームオペレーターの|水川綾音《みずかわあやね》は、玲の妹だと明が教えてくれた。作戦通りに事が進んでいることは、彼らの会話を聞いていればすぐに分かった。


「よし、それじゃあ残りの一体もちゃちゃっと倒して、メインディッシュと行きますか!」
「明さん、現在地から更に西へ六百メートル地点に、小型クリーチャーの反応を確認しました。ルートデータを送信します」
「オッケー」


 目の前に映し出されているサイトシステムに新しいルードデータが表示される。私もクリーチャーの位置を確認し、明と拓夢に目で合図を送る。お互いに軽く頷き、意思の疎通ができていることに、私がハンターとして共に戦っていることを実感する。


「明、先導お願いしますよ」
「おっしゃ、それじゃあ行くぜ」
 再び私たちAチームは目標地点に向かって走り出す。

 


「なあ美咲」


 走りながら明が話しかけてくる。


「何?」
「コイツらさ、どこから湧いてくるんだろうな」
「さあ、考えたことない」
「俺さ、時々なんで俺らが戦わなきゃならねえんだって思うことがあってよ」
「へぇ、そんなふうには見えなかったけど」
「言ってくれるぜ。俺だってナイーブな一面も持ってるっての」
「あっそ」
「そんでよ、この力を手に入れた意味を考えるわけよ」
「……」
「俺たちハンターにしか、あの化け物は倒せねえ。で、倒すことを人類から求められている」
「勝手に押し付けられてるだけなんじゃないの?」
「そうかもしれねぇけどよ、そう考えちまうと寂しくねぇか?」
「どういうこと?」
「例え押し付けだったとしても、俺はこの世界の役に立っている、人類が俺たちを頼ってくれているって思えば正義のヒーローになった気分になれるだろ?」
「別にヒーローになんかなりたくないけど」
「ヒーローは男の憧れなんだよ」
「へえ」
「そうでも思わなきゃ、やってらんないべ」
「……」


 覚醒した人間は、ハンター協会にその情報が入ると直ちに政府の指示によってスカウトに来るそうだ。恐らく今の世の中では、覚醒者はハンターとしてしか生きる道がないとまで言われているらしい。私もそのうちの一人だ。好きでここに来たわけじゃない。
 私は、この世界に生きる意味を見出すことができず、自ら命を捨てようとした。でも今は、明の言う通り例え押し付けだったとしても、人類からハンターとして戦うことを求められている。これは、私が生きる「意味」なのだろうか。それとも、ただ兵器の一つとして戦わされているだけなのだろうか。それもまた、私が生きる「意味」なのだろうか。私は答えが見つからないまま、明のあとに付いていった。

 


「目標地点に到着。先程と同型のクリーチャーです。スキャンデータを送信しました。討伐を開始して下さい」
「了解っと」
「ねえ、明」
「あん?」
「この戦いの先に、私の生きる意味が見つかるかな」
「……さあな」
「美咲さん、よそ見は禁物ですよ」
「ごめん」


 なぜ明にこんなことを聞いたのか、自分でもよく分からなかった。明は目の前に立ちはだかる敵に集中している。私も一度目を閉じ、大きく深呼吸をしたあと、再び目を開けクリーチャーへ視線を向ける。このとき、眉間にシワがよっているのが自分でも分かった。


「私が行く」
「オッケー、思いっきりやってみろ」


 私は全速力でクリーチャーの足元まで駆け寄る。前の戦いでこのクリーチャーとの戦い方は学んだ。まずは前足を狙ってダウンさせる。そして、後ろ足で攻撃してくるところを上空へ飛んで避ける。そのまま滑空して、その勢いのまま甲羅目掛けて斬撃を放つ。


「なんてスピードなんでしょう」
「ああ、俺たちの出る幕はなさそうだな」


 怖いくらいに冷静だった私は、明たちの僅かに聞こえてくる会話をよそに、とどめの一撃を放った。


「はああああああ!」


 我ながら、気持ちいいくらいに見事な斬撃が、クリーチャーの背部に炸裂した。


「グギャァアアアアア!」


 無我夢中で放った一撃。クリーチャーはなすすべなく倒れ込み、そして消滅した。


「目標の撃破を確認。美咲さん、いい動きでしたよ」
「……」


 インカムから聞こえてくる玲の声に、すぐさま反応できなかった。私は、「生きる意味」を探すことで必死になっていたのだろう。


「こりゃ一人前になるのも、そう遠くねえな」
「まったくです」

 


 しばらくすると、私たちの後方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。振り返ると、そこには紗綾と英真の姿があった。


「美咲!」


 紗綾の明るい声が、戦場に響く。


「美咲、怪我してない?」


 心配していたのか、英真がペタペタと両手で私の肩や腕をやたらと触ってくる。顔は無表情だが、感情がむき出しの態度が面白く、思わずニヤついてしまった。


「大丈夫だよ」
「紗綾さんと英真さんも、無事避難誘導が終わったみたいですね」
「ええ、こっちはもう大丈夫よ。どんだけ暴れても問題ないわ」
「あとはあのデカブツだけってわけだ」


 作戦通り、小型クリーチャーを全て討伐し終えると、Bチームである紗綾と英真と合流した。すでに大型クリーチャーの姿がビル群の隙間から捉えることができる距離に来ていた。


「ここからは、メインオペレーターを私、玲が担当します。Bチームの皆さん、音声聞こえますか?」
「オッケーよ」
「問題ない」
「それでは、本作戦のメインターゲットである大型クリーチャーのスキャンデータを送信します。それぞれシステムで確認してください」


 玲から大型クリーチャーのデータが送られてくる。データにはクリーチャーの形状や肉質などが表示されていてる。これを元に、ハンターは狙うべき場所を決めて戦うそうだ。このデータを見る限り、さきほど戦った小型クリーチャーの強化版といったところか。


「皆さん、確認はできましたか?」
「こっちはオッケーだぜ、拓夢」
「アタシもオッケーよ」
「いつでもいける」


 全員が大型クリーチャーのデータを確認し、作戦を立てる。山脈のように大きく立ちふさがるクリーチャーを一人で何とかするのは、なかなか難しいということくらい、素人の私でも理解できた。


「美咲さん、行けそうですか?」
「まあ、なんとか」
「ここからは『|集団戦闘《レイドバトル》』となります。統制を取るためにも、私がこのチームのリーダーとして指示を出します、よろしいですか?」


 |集団戦闘《レイドバトル》とは、大型のクリーチャーを討伐する際に、複数のチームで同時に戦闘を仕掛ける戦い方らしい。連携が取れないと効率よく討伐できないため、チームリーダーを決めて戦うのだと、紗綾が小声で教えてくれた。オペレーターの玲を含め、拓夢の意見に異論を唱える者はいなかった。
 
 
「まずは美咲さんに、先制で前方脚部へ切り込んでもらいます。さきほどのように、すぐさまダウンさせることは難しいですが、美咲さんのスピードなら、複数回アタックすれば行けるはずです」


 拓夢が連携の指揮を取る。皆は拓夢の方に集中していた。


「私と英真さんで、なるべくクリーチャーの動きを制限します。その間にダメージを稼いで下さい」
「美咲、アタシも援護するから」
「了解」
「上部は明にダメージを稼いでもらいます。あの甲羅がかなり頑丈ですが、明の攻撃力があれば、ダメージは通るはずです。怯んだところで、そのままフィニッシュまで持っていければ最高ですね」
「任せておけ、デカブツで的が広い分、ゴール決めやすいってもんよ」
「美咲さんと紗綾さんは、継続して後方脚部へ移動して、ダメージを稼ぐことに徹しましょう」
「了解」
「それではメインターゲットの位置情報とルートデータを送信します。作戦を開始してください」


 全員が一斉に「了解」と返事をすると、ルートデータに沿って移動を始める。これがこの任務の最終目標、大型クリーチャーの討伐だ。私は|討伐武器《バトルアーツ》を持つ手に自然と力が入るのを感じた。

 


 徐々に感じる威圧感――。
 この世ならざる者の脅威は、距離にして既に数十メートルのところまで迫っていた。


「おし、この辺りだな」
「そうですね、それぞれ自分の立ち位置に移動して距離を取ってください」


 それぞれが作戦通りの配置につく。私は大型クリーチャーの正面やや右側。私の後ろには紗綾がスタンバイしている。私が切り込んだところに紗綾が追撃する作戦になっているからだ。


「こちらオペレーター。各ハンターのポジションを確認しました。クリーチャーの|狙い《ヘイト》は、まだ定まっていないようです」
「了解。美咲さん、聞こえますか?」


 インカムから拓夢が声をかけてくる。


「ヘイトが最も向きやすいのは美咲さんです。危険を感じたら、すぐに一度引いてください。無理は禁物ですよ」
「分かった」
「美咲、私も後ろから敵の動きを確認してるから。もしもの時はすぐに合図を出すわ」
「了解」


 私が攻撃を仕掛ければ、クリーチャーの反撃が来る。私はかつてないほど集中していた。作戦は失敗できない。無意識のうちに、自分のためではなく、仲間のために戦おうとしていたのかもしれない。私は狙いを定め、横目で拓夢を見て合図を送る。


「行くよ」
 拓夢の相槌と共に、全速力でクリーチャーの前足目掛けて飛び込んだ。目の前には巨大な岩肌の壁が立ち塞がっているようだ。後ろには少し遅れて紗綾が追ってくる。私はクリーチャーの右前脚、腹下胸部辺りに陣取った。


「はぁっ!」


 刃が勢いよく前足を切り裂く。が、これまでのような手応えが無い。


「……!? 硬い!」


 半歩下がり体勢を整え、再び斬撃を繰り出す。この時、クリーチャーが餌を見つけたかのように、首をこちらに向けている。


「はああああああ!」


 ひたすら連撃を撃ち込む。後方から紗綾の追撃が始まった。


「燃え尽きろ! ブレイズバスター!」


 紗綾の手に持っている自分の背丈と同じくらいかと言うほどの大きな銃の先端から、竜が火を吐き出すかのごとく、灼熱の炎を反対側の足に目掛けて噴射し始めた。


「英真さんは後方をお願いします! 私は美咲さんたちの前方を足止めします!」
「……了解」


 英真と拓夢の声がインカムから聞こえてくる。クリーチャーの動きを止める作戦だ。


「さあ、大人しく美咲さんたちにやられてください! ヴァーチカルランス!」


 無数の光の槍が、巨大なクリーチャーの前方半周ほどを覆うように突き刺さっていく。さらに後方脚部の方から、英真のスキルが発動する。


「止まって……アイシクルランス!」


 この時、初めて英真が大声で叫ぶのを聞いた。同時に、|氷柱《つらら》のように先の尖った氷塊が無数に召喚されると、拓夢の光の槍同様、クリーチャーの後方半周ほどにズシンズシンと音を立てながら、突き刺さっていく。明らかにクリーチャーの動きが鈍くなった。


「このまま押し切るよ、美咲!」
「うん」


 やはりどれだけ斬撃を加えても手応えが薄い。これが大型クリーチャーとの戦いなのだろう。徐々にダメージを与えていくしかない。そんなことを考えながら、攻撃を続けていると、突然クリーチャーの片足が宙に浮いた。そして、その足を私目掛けて振り下ろしてくる。踏み潰される。


「くっ……一旦引く」


 私はすぐさま後方へ下がり、攻撃を回避する。紗綾はまだ左足への攻撃を続けている。


「拘束できていませんでしたか……そう簡単には倒れてくれなそうですね」


 途中から、拓夢と英真も加わり、しばらくクリーチャーの攻撃を避けつつ足への集中攻撃を続けていると、一瞬だがクリーチャーがよろけるような仕草を見せた。


「お、やっと効いてきたか? こっちはもうチャージ満タンで待ちくたびれたぜ」
 明の声がインカムから聞こえる。
「美咲、こっからさらに上げるよ!」
「了解」


 私と紗綾、そして拓夢と英真の追撃により、ビルよりも大きなクリーチャーの体勢が徐々に崩れていく。


「美咲さん、一旦引いてください! クリーチャーが前方に倒れ込んできます。巻き込まれないように気をつけて」


 拓夢の指示通り、私と紗綾は攻撃の手を止め、クリーチャーから離れようとしたその時、上方にいる明の声がインカムから聞こえてきた。


「後ろだ! 二人とも、避けろ!」


 振り向くと、クリーチャーの背後から先端が鋭く尖った槍のような尻尾が、ミサイルのごとくこちらに向かって飛んでくるのが見える。このタイミングで横に避ければ、倒れてくる体に巻き込まれることもなく、尻尾を避けることも可能だった。紗綾もすぐさま明の声に反応して、尻尾の軌道から外れていた。私もそうするつもりだった――。


「え……なんで」


 避けようと身体を逸らし前を向くと、目線の先に飛び込んできたのは、尻尾の先端が行き着く先であろう場所にいる、瓦礫に寄りかかる小さな子どもの姿だった。距離にして数メートル。恐怖に怯えた顔をしている。声を出せないのか、声を押し殺して大粒の涙を流しているのが遠くからでも確認できた。あれは「死」に対する恐怖なのだろうか。

 しかし、この状況では、間違いなくクリーチャーの攻撃に巻き込まれて「死」を迎えるだろう。体勢を整えて剣で尻尾を切り落とそうにも、わずかに尻尾の速度が早く間に合わないことはすぐに分かった。私の視界はオペレーターとも共有されている。子どもの存在に玲もすぐさま気づいた。


「どうしてあんなところに!? 新たな生体反応あり! 子供です!」
「な、なんだって!?」
「うそ……全員避難したはずじゃ……」
「磁場の影響で検知漏れがあったのかもしれません!」


 玲、明、紗綾の声がインカムから同時に聞こえてきたときには、私はすでに子ども目掛けて走りだしていた。時間にしたら、一秒、二秒くらいだったと思う。


「美咲さん! 無理です! 間に合わ……!」
「美……!」

 
 希望のない世界で「死」に対する恐怖心はなかった。

 あの夜と同じだ。子どもを手で払い除けた感覚は、ほんの僅かだが、手に残っていた。皆の声もその瞬間だけは私の耳に届いていた。その後、私は意識を失ったのだろう。クリーチャーとの戦いも、その後どうなったのかは分からない。

 ただ、一つだけ映像が頭の中に残っている。子どもを払い除けた瞬間、下に視線を落とすと、私の体は宙に浮き、足元にはどす黒い液体が滴り落ちていた。鋭く黒光りした大きな針のようなものが、私の腹部を貫いていた――。

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