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アンチワールド
Episode 1  覚醒

「粒子の取り込み完了。覚醒を開始します……」
「生体反応良好、|東堂美咲《とうどうみさき》、覚醒しました――」

 微かに聞こえてくるフリーダイヤルのような機械音声。一体誰が私に話しかけているのだろう。覚醒とは一体――。
 |朦朧《もうろう》とする意識の中でようやく目を覚ました私は、真っ白な部屋の冷たい床にうつ伏せで横たわっていた。あの日、私は確かに自ら命を断ったはずだ。あまりにも白く、雪景色が永遠と広がる草原のような何もない空間。こんなところに丸一日でもいたら、頭がおかしくなりそうだ。


「ここは……」


 状況が理解できず、ただその場に突っ伏していると、目線の先にある壁から機械の駆動音がしたかと思えば、SF映画に出てくるような近未来的な自動ドアが開いた。
 コツコツと革靴の音を鳴らしながら、軽快な足取りで、|白髪《はくはつ》で小柄な色白の男が入ってくる。


「やあ、気分はいかがかな?」


 タレントのような綺麗な顔。少し高めの声は、幼い少年のようだ。


「誰?」


 ようやく重たい身体を起こした私は、男の方へ視線を向ける。


「ハハハ、そんな悪人を見るような目で見ないでくれよ」


 漫画やアニメで見たことがある。こういうときは決まって、突然何もない部屋に閉じ込められ、目を覚ましたらゲームマスターが現れ、デスゲームを始めるのが相場だ。しかし、今は私と男の二人だけだ。


「君にはこれから、『適正試験』を受けてもらうよ」
「適正試験?」
「これから流れるアナウンスの指示に従ってくれ」


 男は|流暢《りゅうちょう》に説明してくれているが、こちらとしてはまずこの状況が理解できない。私は、死んで別世界にでも転生したのだろうか。


「まあ、こういうときはだいたい、流れに身を任せればいいんだよ。チュートリアルだと思ってくれればいい」
「・・・・・・まるでゲームみたいに言うんだ」
「ゲーム、だといいんだけどね」
 男は自分の役目は終わったと言わんばかりに、さっと私に背を向け、右手を振りながら颯爽と去っていく。
「君には特に期待しているよ、頑張って」

 
 頭の中を整理している間もなく、男の言う通り部屋にアナウンスが流れる。


「それでは適性試験を開始します」
「第一テストは、持久力テストです。一分間この部屋で生き延びてください」


 アナウンスと同時に、部屋の隅から二つの「黒い球体」が出てきた。私の身長より少し大きいくらいか。まだ何をすればいいのか分かっていない。ただ、「生き延びてください」という言葉の意味をそのまま捉えるのなら、恐らくこれから一分間、私は何らかの形で命を狙われるのだろう。こういう時の私は、つい冷静に状況を分析してしまう癖がある。「こんな時によく冷静でいられるねアンタは」と、友人たちに茶化されていたことを思い出した。
 球体を眺めていると、再びアナウンスが流れる。


「それでは第一テスト、開始」
 部屋に響くブザー音。それと同時に球体が徐々に加速しながらこちらに向かってくる。私は条件反射的に球体を避けた。


「な、何これ・・・・・・」


 球体は、進行方向を変え、さらにスピードを上げてこちらに向かってくる。私は必死に球体を避けていると、ふと気づいたことがある。


「アタシって、思った以上に避けるの上手くない?」


 高校の授業でも、走るのは確かに得意だった。小学生の運動会では、毎年リレーでアンカーを任され、男子顔負けの走りをすると、学校でも話題になるほどだった。
 しかし、この球体はそんなレベルのスピードではない気がする。例えるなら、車が走るくらいのスピードがでているようだ。時速四~五十キロと言ったところだろうか。


「これ・・・・・・なんの意味があるの・・・・・・!」


 そう言いながらも、まるでアクションスターのような華麗な身のこなしをしている自分が、少しだけ格好いいと思ってしまった。


「残り三十秒」
「……あと半分か」


 そもそも、これは何のための試験なのだろう。もし、この球体に当たったらどうなるのだろう。そんな怖いもの見たさな考えが、一瞬頭の中によぎった。


「一個目を避けて同じ導線に入ったら、二個目と対角線上に立って・・・・・・ぎりぎりで避ければいけるか」


 球体同士をぶつける作戦だ。我ながらに動作特性を理解したいい作戦だったと思う。
 高速で向かってくる球体に恐れず向かうことができたのは、自分自身の足の速さのおかげだろう。一個目の球体を避けると、私は後ろから再び追ってくる一個目の球体を背に、向かってくる二個目の球体目掛けて走った。


「はぁっ!」


 球体に直撃する瞬間、身体を左側へ|捻《ひね》り地を転がるように避けた。直後、ズシンという大きく鈍い音が聞こえたと同時に爆発音が鳴り響き、空気は大きく振動して私は爆風で吹き飛ばされ、部屋の壁に打ち付けられた。二つの球体は粉々に粉砕されていた。


「うぐっ……」


 自分が無意識に動けたことを褒めたい。当たれば木っ端微塵どころじゃすまなかっただろう。


「一分が経過しました」
「生体反応確認、身体ダメージ九十パーセント」
「生命に異常なし。生命維持の継続を確認しました。第一テストを終了します、お疲れ様でした」


 アナウンスが終わると、先程男が出入りしていた扉が再び開いた。次はこちらだと言わんばかりに。
 どうやら私は無事、とは言い難いがこの「第一試験」とやらに、合格したようだ。
 あれだけ思い切り壁に打ち付けられたが、不思議と身体はそこまで痛くない。体の感覚にも違和感がある。まるで自分の身体ではないみたいだ。


「……っと、なんなのこれ」


 違和感を覚えつつも、乱れたお気に入りの黒いジャケットを直し、最近染めたばかりの赤色の髪を手ぐしで整えると、私は自然と扉へ向かって歩いていた――。

 
 扉の先には、先程とさほど変わらない白い部屋が広がっている。


「また同じ部屋」


 第一試験というからには、この部屋ではきっと第二試験が行われるのは明白だ。そもそも最初の試験で命を狙ってくるようなこの場所は、普通じゃない。このときは、そんな異常な状況すらも、なぜか受け入れてしまっている自分がいた。


「第二試験の概要を説明します」


 部屋の中央に立つと同時に、再びアナウンスが流れる。


「第二試験は、破壊能力適正試験です。出現するオブジェクトを、一分以内に全て破壊してください」
「物騒な名前の試験」
「なお、オブジェクトには目標を確認後、攻撃を開始するシーケンスデータがインストールされています。生命の維持を継続しながら破壊してください」


 これはつまり、第一試験同様、私の命を狙ってくるということは容易に察しがついた。やはり、ここは異常だ。


「まもなく試験を開始します。スキルで|討伐武器《バトルアーツ》を召喚してください」
 一瞬何を言っているのか理解できなかった。|討伐武器《バトルアーツ》が何かも分からない。そもそもそれを召喚するなんて、漫画やアニメの世界の話だ。いち女子高生が成せるとしたら、それは相当な訓練を積んだマジシャンにほかならない。もちろん、私はマジックなんかは一切できないし、やったこともない。


「試験開始二十秒前。生体反応確認、ウェポンデータがありません。至急、|討伐武器《バトルアーツ》を召喚してください」
「そんなこと言ったって・・・・・・」


 頭をフル回転させ、過去に見たアニメの世界を思い出す。こういうときのシーンと言えば、何か決め台詞を言いながら手をかざすと、どこからともなく武器が出てくるというものだ。


「試験開始十秒前。生体反応確認、ウェポンデータがありません。至急、|討伐武器《バトルアーツ》を召喚してください」


 繰り返されるアナウンス。私は見様見真似で、少しだけ恥ずかしさを覚えながらも、右手をかざしてポーズを決め即興で考えた決め台詞を叫ぶ。どうせ誰も見てないんだ。思いっきり叫ぼう。


「|討伐武器《バトルアーツ》、召喚!」


 無音の部屋に自分の声が響き渡る。あまりの恥ずかしさに頭を抱えようとしたのもつかの間、私の右手は赤く光り、周囲からも光の粒が集まってくる。


「嘘でしょ?」


 手のひらの中央から徐々に赤色に輝く刃のようなものが出現してくる。真っ赤に輝き|禍々《まがまが》しさもある。これが|討伐武器《バトルアーツ》なのだろうか。


「ホントにゲームみたい」


 正直な感想だった。これはやはり夢か、異世界か。あるいは――。
 召喚された武器を右手に握りしめると、再びアナウンスが流れる。


「生体反応確認、ウェポンデータのスキャンを開始します」
「|討伐武器《バトルアーツ》、『|血戦の刃《ブラッディ・スラッシュ》』のインストールを確認しました」
「これで、戦えってこと?」
「試験開始五秒前、四・・・・・・三・・・・・・」


 カウントダウンが始まった。もうまもなく、命を狙いにくる何かが出てくる。私はぎこちなく召喚した剣を構える。


「これより、第二試験を開始。オブジェクトを配置します」


 第一試験同様に部屋の隅の壁が二枚開くと、先程の球体とは打って変わって、明らかに「敵」と言わんばかりの形をした物体が二体出現した。
 虫なのか、動物なのかは分からないが、それを模した機械のようだ。いわゆる無人兵器というやつだろう。


「ギギギ・・・・・・」


 機械音と共に、黒光りした鉄の塊がこちらへ向かってくる。本体両側には刃のようなものが二つ付いていて漆黒の機体も相まって、死神が迫ってくるような威圧感があった。


「来る……」


 向かってくる敵に対して、私は機体の刃を避けて右側へ回り込むようにして位置を取る。第一試験同様に身体が軽やかに動く。それも、ものすごいスピードで。敵の動きに合わせて、私は持っている剣を振り下ろした。


「はぁッ!」


 金属でできているはずの目の前の敵が、まるで柔らかい野菜をとても切れ味の良い包丁でスパっと切るかのごとく、一刀両断された。さらに後方から襲いかかる敵の刃を避けるため、無意識にバク宙を披露して攻撃を交わす。


「あぶなッ!」


 バク宙なんてやったこともなかったのに、何故できたのかはさておき、体勢を立て直し攻撃後の隙をついて、再び接近したあと思いっきり剣を振り下ろした。


「やぁッ!」


 ズバッと言う鈍い衝撃音と、金属が裂けたときに発生する独特の破断音とともに、もう一体の敵も二つの鉄の塊となった。


「全オブジェクトの破壊を確認しました。これにて全ての試験を終了します。お疲れ様でした」


 アナウンスが流れると、強張っていた私の身体から自然と力が抜けると同時に、手に持っていた赤い剣も、光の粒となって消えていった。


「生体認証開始、粒子濃度良好。住民データ照合、東堂美咲と完全一致。ハンター適性良好。F級ライセンス発行の許諾を確認。部屋を出て案内人とともに登録の手続きを行ってください」
「ようこそ、トウキョーシティハンター協会本部へ。東堂美咲、あなたを歓迎致します」

 


 私はこの日、ハンターへと「覚醒」した――。

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