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アンチワールド
Episode 2  怪物

2235年――。
 突如出現した「|怪物《クリーチャー》」によって、世界は混沌に陥った。我が国、日本ワーズ国は、技術の驚異的な発展を見せ、世界トップクラスの軍事国家となっていた。しかし全軍事力を総動員しクリーチャーの撃退を目論むも、その圧倒的な力の差になす術がなくなっていった。政府はこれを「|怪物《クリーチャー》災害」と位置付け、発生原因の究明と対策の立案を急いだ。しかし、次第に各地でクリーチャーは出現し、被害はさらに拡大していった。

 同じくして、クリーチャーの周囲に発生する特殊な粒子と体内の細胞が反応して起こる突然変異現象、「覚醒」によって力を得たハンターたちに、人類は全ての希望を託した。私が当時暮らしていたトウキョーシティ八番地区も例外ではなく、十年前、つまり私が六歳の時、それは突然起こった。

 深夜、静寂に包まれながら家族が就寝しているときだ。突如、下から突き上げられたかのような大地震とともに、我が家は崩壊した。まだ体が小さかった私は、崩れた家具や壁の瓦礫を自力で潜り抜けて外へ抜け出した。夢であって欲しい。その願いも敵わず、家の方へ目を向けると、瓦礫に挟まって身動きの取れない両親の姿。頭上には無数の牙が生え、全てを飲み込まんとするような巨大な怪物の口が大きく広がっていた。両親は必死に「逃げろ!」と叫んでいた。同時に、その口は両親目掛けて降下し、一瞬で飲み込んだ。あの時、人生で一番と言っていいほど大きな声で叫んだと思う。
 


「おい! なんだこの地区は!? ここまで酷い|怪物《クリーチャー》災害は始めてたぞ!?」
「こんなに出現が多いとは……何かの予兆か?」
「不吉なこと言わないでくれよ。これ以上ヤバいのが来たら、俺たち下級ハンターじゃ対処しきれないぜ」
「確かにな。っと、無駄話してないで、とりあえず救護班も間に合ってなさそうだし、私たちは住民の避難誘導に回ろう。アイツらはA級のヤツらがなんとかしてくれるだろ」
「そうだな、俺たちハンターがこんなところで死んじまったら、この国はもう終わりだ」
「お前みたいな下級が一人死んだところで、何も変わらんさ。自惚れていると、本当に早死にするぞ?」
「酷い言い草だな、まったく」

 


 |怪物《クリーチャー》災害で被災した時、彼らが放心状態だった私の手を引きながら避難誘導してくれた時の会話が、なぜか今でも鮮明に覚えている。
 彼らはクリーチャーと戦うための能力を「覚醒」によって|発現《はつげん》した「ハンター」と呼ばれる人たちだ。体内の細胞がクリーチャーの放つ粒子と反応することで、超人的な能力を得られると、テレビの特番でやっていた。適合する細胞を持っている人間は、人類の一パーセント未満らしい。
 
 ***

「適性試験を受けて……私が、ハンターで……?」


 状況を整理しながら部屋を出ると、無機質な薄暗い廊下で、白髪で小柄、それでいてどこか凛として堂々とした白いスーツ姿の女性が立っている。


「適性試験お疲れ様でした、藤堂美咲さん」
「はあ」


 頭が混乱しているせいか、気の抜けた返事をしてしまった。彼女が私の名前を知っていることにも、この状況では驚くことはなかった。


「これからF級ハンターライセンスの発行手続きを行いますので、私『|遠藤円《えんどうまどか》』がご案内致します。以後お見知り置きを」
「あの……」
「はい、何か?」


 聞きたいことは山ほどある。ここはどこなのか。なぜ試験を受けたのか。私の体はどうなってしまったのか。そもそも私はなぜ生きているのか――。矢継ぎ早に質問しようとしたが、この遠藤円というどこか幻想的な雰囲気を醸し出す女性を目の前に、柄にもなく緊張したのか、うまい言葉が出てこなかった。


「あの、どこに行くんですか?」


 ゆっくりと円の後を追いながら、やっと出た質問がこれだ。


「事務室です。ハンターライセンスの発行はそこで行うことになっています」
「私、ハンターになったんですか?」
「事実上はそうなります。先ほどの試験でも覚醒を確認し、ライセンス発行の許諾を得ましたので」
「……」


 ハンターになったということは、両親を飲み込んだあの忌々しき|怪物《クリーチャー》に戦いを挑むと言うことだ。今の日本では常識である。しかし、現実に私がそれを受け入れられるかと言えば、答えはノーだ。


「私、戦うの嫌なんですけど」
「皆さんそうです」
「え?」
「戦うのが好きな人なんて、まあ一部を除いてですが、ほとんどいませんよ」
「いや、そういう感覚的な話じゃなくて」
「はい?」
「いや、なんでもないです」


 円の眼光に鋭さを感じ取った私は、ここで話しかけるのをやめた。すると円が立ち止まって、ゆっくり私の方に振り返ると、今度は円の方から話しかけてきた。


「試験の時、あなたは立派なハンターの力を使っていましたよね?」


 なぜか尋問されている気分になったが、ここは素直に答える。


「まあ……何と言うか、体がいつも以上に軽くて……手から武器も出てきました」
「そうです、それこそがあなたはハンターであると言う証です」
「でも、クリーチャーと戦うなんて……」


 すると円は|俯《うつむ》き加減になり、しばらく黙り込んでから少しトーンを落とした低めの声で、問いかけてきた。


「どうして、力があるのに戦わないのですか?」
「私が戦う義理なんてないし、ハンターになりたくてなったわけでもない」
「ではあなたと同じようにクリーチャーに脅かされ、親友・恋人・肉親を失う人々が今後も後を絶たないなか、あなたの目の前には助かる命があったとします。あなたにはクリーチャーと戦う力が備わっているとして、それでもなお、あなたは戦わないのですか?」


 早口気味に詰められ、円からの訴えにも聞こえるような質問に、私はたじろぎ、言葉を詰まらせてしまった。円が続ける。


「それに、今のあなたには『命』を選択する権利はないはずです」
「どう言う意味?」
「あなたは命を捨てた。そして我々ハンター協会がその命を拾った。ただそれだけのことです」


 心のどこかで半信半疑だったが、これは夢や異世界ではなく、現実世界の続きということが明確になった。確かにあの夜、私は自ら命を捨てた。それは紛れもない事実だ。円の言葉に、返す言葉がなかった。


「さあ、着きましたよ」


 気がつけば私は、円の言っていた事務室であろう扉の前に立っていた。


「こちらでハンターライセンスを発行します。室内に入りましたら、事務員の指示に従って下さい」
「円さんは一緒に来てくれないんですか?」
「十六歳はもう立派な大人ですよ? それくらい一人でお願いします。部屋の外で待機しているので、発行手続きが終わったら声をかけてください。あと、私のことは|円《まどか》で結構です」


 大人、という言葉が全くしっくりこない。私は世間から見たら大人なのだろうか? はたまた、まだまだ子供なのだろうか? 都合よく大人と子供を使い分けられているようで、少し腹が立った。


「どうしました? まだ聞きたいことでもあるのですか?」


 早くしろと言わんばかりの|怪訝《けげん》な顔をされたのが、さらに腹が立った。しかし私はもう大人なので、さっさと手続きを済ませるためにノブへ手をかけ、扉を開けて事務室へ入った。扉を閉めた時、ガシャン! と、大きな音が鳴った。

 


「藤堂美咲さん……ですね?」
「はい」
「お待ちしておりました、どうぞお掛けください」


 部屋に入ると、ピンク色のサラッとした髪に、白衣を着たスタイルの良い女性が案内してくれた。笑顔で、とても愛想がいい。円とは正反対だ。


「初めまして、事務室でハンターライセンスの発行を担当しています、|桐島那月《きりしまなつき》です! これから一緒に頑張りましょうね、美咲さん!」
「は、はあ」


 あまりにもキラキラとしたその笑顔が、私には眩しかった。この希望のない世界で、どうしてこんな顔ができるのだろう。私にはとても真似できない。


「まずはライセンスに添付する顔写真を撮らせて頂きますね。こちらのディスプレイに・・・・・・」


 テキパキと指示を出しながらも、笑顔で私に説明をしてくれる那月を見ていると、なんだか少しだけ心が落ち着いた。


「それでは撮りますね、三……二……一……」


 シャッターを切る音とともに、画面には私の顔が写っている。自分で言うのもなんだが、なんとも無愛想で可愛げのない顔である。


「よしッ! あとはこちらにサインをお願いしますね」
「これだけですか?」
「あ、はい! これでサインをスキャンしたら写真と合わせてライセンスカードを発行して終了になります」
「そうですか」


 以前高校の先輩が、夏休みに自動車の運転免許証を取りに行った話を聞いたことがある。免許センターに行き、視力検査やら証明写真やらを取ったあと、講習を受けて謎のお金を徴収されたと言っていた。ハンターライセンスとは、こんなにもあっさり発行できるものなのかと、少し拍子抜けした。


「・・・・・・どうして、こうなってしまったんでしょうね」


 笑顔の耐えなかった那月が、突然暗い顔で話しかけてくる。


「どうして、クリーチャーは、私たち人間を襲うのでしょうか」
「さあ、考えたこともなかった」
「美咲さんは、これからヤツらと戦うんですよね?怖くないんですか?」
「それは・・・・・・」


 言葉が見つからない。そもそも、どうして死んだはずの私がここに連れてこられて、ハンターとして戦わなければならないのか。決して望んでいる訳では無いが、廊下で円に言われた言葉が引っかかって、つい戦う前提で答えてしまった。


「ハンターには、戦う力があるから。だから、怖くないんだと思う」
「美咲さんは、強いんですね」
「・・・・・・そんなことない」


 そんなことはない。なぜなら私は、この世界から一度逃げた人間なのだから。


「あ! 美咲さん、ライセンスカードの発行が完了しました!ちゃんと登録もできていますね。どうぞ、受け取ってください」
「あ、ああ。ありがとう」


 無愛想な顔写真付きのハンターライセンスとやらを受け取り、私は軽く礼を言うと、再び部屋を出て円の元へと戻った。

 
 事務室の扉は、パタンと静かに閉まった――。

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