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アンチワールド
Episode 4  適性

 ハンターとは、その実力によってランクが付けられている。私は最もランクの低いF級。アルファベットがE・D・C……と上がっていくにつれて、ランクが高いハンターということを、円が教えてくれた。


「で、こちらの一ノ瀬拓夢さんは、我々ハンターの中ではもっとも上位に値する、A級ハンターなのです」
「円さんも、同じA級です」
「明よりも上……」
「かぁー! 美咲ちゃん、そこは触れないでおくれよ。拓夢が力を発揮できるのは、俺のおかげっていう可能性もあるんだぜ?」
「頭が弱い人間の発言に、いちいち絡む必要はありませんよ、美咲さん」
 後ろで見ていた蓮がどこか嬉しそうに近づいてきて、話し始める。
「ずいぶん馴染んできたみたいだね、美咲ちゃん。昨夜はゆっくり眠れたかい?」
「まぁそれなりに」
「そうか、それはよかった」


 カフェテリアで夕食を済ませたあと、円に案内された小さな、それでいて設備の整った小綺麗な部屋が、私が暮らす部屋らしい。シャワーとトイレが別になっているのはポイントが高い。私は部屋に入るなりベッドへ倒れ込み、色々なことがありすぎたせいかそのまま意識を失うように眠ってしまった。
 翌朝、円に起こされシャワーを浴びたあと、他のハンターたちとともに再びオペレーティングルームに集められていた。明や拓夢以外にも、昨日はいなかった人が何人か来ている。


 |徐《おもむ》ろに蓮が話し始める。


「さて、僕が呼んだハンター諸君は揃ったかな?」
「蓮会長、相変わらず『彼』はまだ来ておりませんが……」
「ああ、|仁《じん》か……ま、あの子はしょうがないさ。今日は美咲ちゃんについて話をしたかったんだけど」
「……いつものこと」


 ボソッと呟いた青い髪の、小柄で少しミステリアスな雰囲気の彼女は、|神崎《かんざき》 |英真《えま》だと、円が教えてくれた。


「美咲、よろしく」


 英真が挨拶をしてくる。私は軽く会釈で返す。


「美咲、十六歳だよね? あたしは十七歳、高二だから」


 これは年上マウントか。しかし、年の近いハンターもいるのかと思うと、少し心強い。


「ちょっと英真、後輩ができたからって調子に乗るんじゃないわよ」
「別に、|紗綾《さや》には話しかけてない」
「はぁ? あんたいつからそんな生意気になったわけ?」


 高校でもこんな女同士の会話は聞いたことがある。はっきり言って先輩だの後輩だのには全く興味がないしどうでもよかった。二人の会話をそっぽ向いて聞いていると、ピンク髪のツインテール、両耳に大きな輪っかのイヤリングを付けた少女が話しかけてくる。


「アンタが美咲ね。あたしは|二階堂《にかいどう》 |紗綾《さや》、年は十八の高三よ。同じ|JK《女子高生》同士、仲良くしようね」


 英真に対してはきつい態度をとっていたが、私には思ったより優しく話しかけてきた紗綾に驚いた。後輩には優しいタイプなのだろうか。
 紗綾と英真は、私がここに来る半年ほど前に、同時期にハンター協会へ入ったらしい。ちなみに年は紗綾のほうが上だがD級ハンター、英真はC級ハンターと、英真のほうが実力は上ということもあり、紗綾に対してあのような態度を取っているようだ。

 


「さて、本題に入ろう」


 仕切り直すように、神海蓮が話し始める。


「今日みんなに集まってもらったのは、美咲ちゃんの今後について話し合うためだ」
「美咲さん、こちらへ」


 円に指示され私は蓮の隣へと移動する。その場にいたハンターやオペレーターの目線が一斉にこちらへ集まる。


「本日より、藤堂美咲ちゃんにはさっそく『|怪獣《クリーチャー》討伐任務』に参加してもらう」
「え!? い、いきなり!?」


 驚く紗綾と全く同じ感情だった。戦いの経験といえば、昨日の試験のみ。予想外の話に、さすがの私も動揺した。


「会長、美咲はまだ現場の経験がない……。住民の避難誘導などから現場に慣れたほうが……」


 英真がフォローする。私がハンターとして討伐任務に参加することは早すぎると思ったのだろう。しかし蓮は続ける。


「みんなの意見はもっともだ。美咲ちゃんはハンターとしては未経験。リスクも大きいだろう」
「じゃあどうして……」


 明や拓夢も疑問の声を上げる。


「会長、さすがにお子様をいきなり現場へ放り込むのは慈悲がないってもんじゃないかい?」
「会長の真意が聞きたいですね」


 皆がまるで子供を憐れむような目でこちらを見ている。新人をいきなり討伐任務に参加させることは異例なのだろう。


「皆さん静粛にお願いします。まだ会長のお話は終わっていません」


 円が冷静のその場をなだめる。


「昨日の美咲ちゃんの適性試験なんだけど、ついさっき結果が出たんだ」


 続いて円が持っていたバインダーを広げて話し始めた。


「藤堂美咲さんの試験結果ですが、身体能力覚醒値については、特に脚部への覚醒が著しく、超人的な脚力を有しています」
「また、本来美咲さんの生まれ持った性質でもあります、洞察力や判断力は目に見張るものが見られました」


 淡々と円が私の試験結果を読み上げていく。正直、自分のことを言われているという実感がわかず、私はただ黙ってその内容を聞いていた。


「おいおい、随分と評価が高いなこりゃ」
「そして、肝心の|討伐武器《バトルアーツ》ですが、AI判定の結果、『|血戦の刃《ブラッディ・スラッシュ》』がインストールされたことを確認いたしました。美咲さんの覚醒能力である『具現化』は、任意のタイミングで周囲の粒子を取り込み、その場で武器を形成する特殊なスキルになります」
「具現化・・・・・・アンタのスキル、なかなか面白いわね」
「美咲、すごい」
「そして、現状では経験値の観点から、ライセンスはFランクとしていますが、総合適正判定としては実質Aランク相当、それ以上の潜在能力を秘めているという結果になりました」
「そういうことだ。この結果を聞いた上でもう一度確認しておこう。どうだい? 僕の提案を受け入れてくれるかな」
「ほう、まさか私と同等の能力があるとは・・・・・・これは驚いた」
「マ、マジ・・・・・・? Aランクって、いきなり格上かよ・・・・・・」


 肩を落としてうなだれる明。それもそうだろう。明から見れば、私みたいな子供に実力を越えられるなんて思ってもいなかったのだろう。私自身、実感が全くないのだ。円の話を聞いたあと、少しの間その場にいたハンターたちは黙っていた。時が止まったような静寂に包まれる。
 その時、その静寂を打ち消すかのように部屋の扉が開いた。


「こんなクソガキがAランク相当だってぇ? 笑わせるなよ」


 乱暴な言葉づかいの、マッシュヘアな目付きの悪い男が部屋に入ってくる。私の顔わずか数センチほどの距離に顔を近づけてきた。


「お前か。昨日来た女のハンターってのは……」
「誰?」


 私は男を無視して円に話しかける。


「『|江藤《えとう》|仁《じん》』、彼もここに所属するB級ハンターです」
「マドカぁ、勝手に俺のことを喋るんじゃねぇよぉ。ランクとかどうだっていいんだよぉ」


 ここまで狂ったような、本物の人間は初めて見た。「イかれてる」という言葉が彼にはしっくりくる。


「仁、美咲ちゃんも今日から討伐任務へ参加することになったんだ。現場ではよろしく頼むよ」


 私や円の間へ、蓮が仁を遮るように入ってくる。


「会長ぉ、本気で言ってんすかぁ? 俺、ガキがウロチョロしてると、間違って切り飛ばしちゃいますよぉ」
「ははは、君は|怪物《クリーチャー》だけに集中してくれればいいんだよ。美咲ちゃんは、そうだな・・・・・・」


 蓮が私に目をやったあと、明と拓夢に目を向ける。


「拓夢、明。君たちバディに美咲ちゃんを預けてもいいかい?」
「え、俺たちっすか?」
「会長、私は構いませんが」
「……まぁ、拓夢が良いって言うなら別にいいっすけど」
「……雑魚にゴミを預けるってか? ククク」


 不敵な笑みを仁が浮かべている。この人は悪魔にでも取り憑かれているのだろうか。


「なんだと仁、てめぇ……」
「よせ、明。仁には構う必要はない。時間の無駄だ」
「……せいぜい仲良しごっこでもしてろ、クズども」


 そう吐き捨てると、仁はそそくさと部屋を出ていった。


「まったく、毎度毎度なんなのよアイツ」
「美咲、仁のことは気にしなくていいから」


 周りが私に気を使ってくれているのは、普段からの彼を知っているからだろう。


「ごめんね美咲ちゃん」
「いえ、別に」
「仁はね、ハンターとしての腕はあるんだけど、なかなか素行が悪くてね」
「不良みたいなものですか?」
「不良? あははは! 美咲ちゃん、確かにそうかもしれないね」


 仁が部屋から出ていくと、張り詰めていた空気が和らいだ。彼は恐らく厄介者扱いされているのだろう。雰囲気が良くなったのか、再び明が話しかけてきた。


「ってことで、どうやら美咲、お前は俺たちのチームになったみたいだぜ。よろしくな」
「美咲さん、困ったことがあったら私に言ってくださいね。現場でもしっかりサポートさせていただきますよ」
「……よろしく」


 再び、おもむろに蓮が話し始める。


「実は、こうやって新人の美咲ちゃんまでチームに加えることにも、理由があってね」
「理由、ですか?」


 蓮の顔が、徐々に険しくなっていく。


「みんなも気づいていると思うけど、ここ数日の間に、過去例に無いほどのペースで、かなり大きな|怪物《クリーチャー》災害が発生している」
「まぁ、確かにそうだな。俺がハンターになったころは、ここまで頻発していなかった気がする」
「かなり大型のクリーチャーも出現している。今後発生する、何かとてつもなく大きな大災害が発生する予兆のような気がしていてね」
「・・・・・・何か根拠、あるの?」
「ここからは私が説明致します」


 円が一歩前に出て、再びバインダーを開く。


「ここ数日発生していた|怪物《クリーチャー》災害の際、必ずと言っていいほど、地殻変動とともに、何か大きな磁場が発生するのです」
「磁場? なんだそりゃ」
「原因は不明ですが、こちらの波形の通り、この近辺では見られない周波数と引力が発生していることが分かります。この磁場のせいで、時折通信障害が発生し、ハンターとオペレーターの任務に支障をきたしていることがあるのです」
「あぁ、それで最近オペレーターとの通信不良があったんだな」
「原因ははっきりとは分からないけど、今のうちに戦力をしっかり整えておく必要があると思ってね」
「それで美咲を、さっさと一人前にしようってわけね」
「そういうこと」
「まぁ、美咲さんの試験結果を聞いた限りでは、そこまで心配なさそうですし、問題ないかと思いますよ」
「ありがとう拓夢。そういうわけなんだ美咲ちゃん、あまり無理はしてほしくないけど、君も今日からハンターという意識を持ってほしい」
「・・・・・・」


 正直、いきなり拾われて勝手にこういう状況に巻き込まれた身としては、なんだか腑に落ちない話だったが、私は明と拓夢のチームに加わり、|怪物《クリーチャー》討伐へ参加することになった。そうこうしていると、突然部屋の明かりが落ち、赤いパトライトと共に、けたたましいアラーム音が鳴り響く。続けて、試験で聞いたアナウンスの声が流れきた。


「|怪物《クリーチャー》災害発生、トウキョーシティ二十二番地区にて、C級相当のクリーチャー数体、A級相当の大型クリーチャー一体の出現を確認しました。ハンターは直ちにブリーフィングを開始してください」
「さっそくお出ましだよ、美咲ちゃん。さあ、初陣と行こうじゃないか」


 蓮の声が高ぶっている。


「美咲さん、只今から|作戦会議《ブリーフィング》を開始します。状況の確認とハンターの配置を確認したら出撃となります。美咲さんも参加してください」


 円の指示とともに、その場にいたハンターたちは一斉にディスプレイの前に集まる。これからクリーチャーとの戦いが始まるのだ。


 私はこの日、ハンターとしての一歩を踏み出した――。

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