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アンチワールド
Episode 5  戦火

「まもなくトウキョーシティ二十二番地区上空。総員、|討伐武器《バトルアーツ》の準備を」
「了解」
「こちらAチームオペレーター。マップデータと戦況データの解析が終了しました。システムにデータを送信します」
「オッケー|玲《れい》ちゃん、しっかり見えてるぜ」
「美咲さん、システムの起動はできましたか?」
「今やってる、これでいい?」


 私の右耳に付いている小さな装置。電源ボタンを押すと、私の目の前には青く光る半透明のディスプレイのようなものが浮かび上がってくる。


「はい、あとは・・・・・・これも起動しておきましょうか」
「この数字は・・・・・・?」
「これは現在の美咲さんの身体データです。どの部位がどれくらい負傷しているか、体力はどれくらい残っているかが数値化されて見えるんですよ」
「へぇ」
「我々ハンターは、オペレーターから送られてきたこれらのデータを、このサイトシステムで常に表示させながら現場へ向かいます。現場に出たら、このデータは我々ハンターの行動と共にリアルタイムに更新されてオペレーターに伝わりますから、オペレーターと連携して任務を遂行していくんですよ」
「ゲームの世界みたい」
「ま、まずは俺たちの後にしっかり着いてきな」
「ちなみに、私たちAチームのオペレーターは、|水川玲《みずかわれい》さんです」
「はじめまして美咲さん。初めての任務で緊張しているだろうけど、私がしっかり指示を出しますので安心して任務にあたって下さいね!」
「よろしくおねがいします」
 

 時刻はちょうど正午になろうかというところ。私はトウキョーシティの上空、輸送機の中にいる。窓の外は大海原のような青い空と、綿菓子のようにフワフワとした雲が永遠と広がっている。その美しさとは対照的に、下に目線を落とすと商業施設が立ち並ぶ都会のビル群から火の手は上がり、黒煙が立ち込め、忌々しいクリーチャーの姿が確認できた。これから私は、あの戦場に向かう。胸の鼓動が早くなっているのを感じる――。


 ハンターは現場へ向かう際、耳に超小型のインカムを装着する。このわずか三センチほどの小さな機器の中に、様々なシステムが組み込まれている。本部にいるオペレーターとリアルタイムで通信できることはもちろん、高性能超強化型レンズカメラによって、ハンターが見ている映像は全てオペレーターも確認することができる。また、オペレーターから送られてくるデータは、全てインカムの|AR投影機能《サイトシステム》によって、常時私たちの目の前に表示される。データはチーム内でも共有されるため、ハンター同士、オペレーター全員が連携して任務を遂行するのだ。明と拓夢が丁寧に教えてくれた。


「まもなく目標地点に到着します。本日の任務はAチーム、Bチーム二手に分かれて遂行します。まずはAチームが先行して小型クリーチャー、現状確認できているだけでも四体の討伐をお願いします」
「Aチームが戦闘に入ったら、Bチームは先に市民の避難誘導を開始してください。避難経路となる安全地帯のルートデータを送ります。Aチームの掃討完了を確認したら、Bチームの避難完了を確認次第、合流して本作戦のメインターゲットである大型クリーチャーの討伐を開始します。それまでは、なるべく大型クリーチャーとの接近は避けて下さい」


 インカムから流れてくる玲のテキパキと指示する声に感心しながら、私は出撃の時を待っていた。すると、Bチームの紗綾と英真の声が、インカムから聞こえてくる。


「美咲、大丈夫?」
「多分」
「美咲、アンタ無茶するんじゃないわよ? Aランク相当だかなんだか知らないけど、初めは誰でも初心者なんだから、ね?」
「美咲、無事に帰ってきて」


 紗綾の、まるで母親のようなお節介と英真の優しくも淡々と喋る声を聞いていたら、どこか気持ちが落ち着いた。


「いいですねぇ青春っていうのは。学校の生徒たちが懐かしくなります。そうだ、彼女たちは全員高校生ですから、今度授業でもしてあげましょうかね?」
「おい拓夢、こんな時に何呑気なこと言ってやがる。ほら、美咲もそろそろ行くぞ、準備しとけ」
「うん」


 他愛もない話をしていると、オペレーターが輸送機のパイロットに指示を出す声が聞こえてくる。


「目標地点に到達。輸送機の降下を開始してください」
「了解」


 高度が一気に下がっていく感覚は、ジェットコースターで急降下しているときと似ている。私は、身体がフワっと浮く感覚を少しの間楽しんだ。


「着陸を確認。粒子濃度は中程度、危険度D。ハッチを開放します。任務を開始してください」


 大きな駆動音とともに、輸送機の後部ハッチが徐々に開いていく。日差しが差し込んで、眩しさについ目を細める。


「よっしゃ、それじゃいっちょやってやるか!」
「明、油断しないようにお願いしますよ」
「拓夢もな、サポート頼むぜ」
「美咲さん、肩の力を抜いて、冷静に行きましょう」
「分かった」


 私は、戦場へと降り立った。この世界に生きる目的や希望はない。そんな世界で、そんな戦場で、私は「意味」など見出すことができるのだろうか。頭の中で繰り返される円の言葉。それを跳ね除けるかのように、私は右手に意識を集中し、心の中で叫んだ。
 ――|血戦の刃《ブラッディ・スラッシュ》、召喚。

 


 すでに消火活動に来ていた消防隊。負傷者を手当している救急隊。拓夢が彼らに何やら話しかけている。ハンターが来たことを伝えているのだろうか。


「こちらオペレーター。Aチームより現在地点から西へ一キロメートルの地点で、小型クリーチャーによる被害拡大を確認。直ちに討伐を開始してください」
「明、ルートの先導を頼みますよ」
「オッケー! 美咲、離れるんじゃないぜ」
「了解」


 明と拓夢がものすごいスピードで駆け出していく。以前の私なら、目で追うこともできなかったと思う。が、これがハンターの力かと言わんばかりに、そのスピードに付いていっている自分がいた。それだけじゃない。明と拓夢のスピードが遅く感じたのだ。恐らくこれが、円が説明していた私の能力なのだろう。


「ひゅー! さすが脚部の覚醒値が高いねぇ。俺の足にここまで着いてこれるなんて」
「・・・・・・そんなに早く感じない」
「明、美咲さんのほうが脚力は上ですよ、きっと」
「へっ、そうかよ」


 暫く走ると、ものの数十秒で、ターゲットであるクリーチャーのいる地点に到着したようだ。


「おっと、コイツか」
「Aチーム、目標を確認。頭部に鋭利な破壊属性の角あり。突進型と思われます。小型ではありますが、全身に甲羅のような堅殻をまとっています。防御特性の高いクリーチャーです」


 私たちの目の前に立ちふさがるクリーチャー。両脇の破壊されたビル半分ほどの高さだろうか。この大きさで小型というから驚きだ。その見た目はまるで巨大な亀のようだった。私は、|討伐武器《バトルアーツ》を持っていた手に思わず力が入った。


「防御、ねえ」
「明、いけますか?」
「ああ、これくらいなら俺一人で十分だ。美咲、見とけよ。ハンターの力ってやつを」
「・・・・・・」


 どうも明は私に、自分の実力を見せつけたいらしい。ここは大人しく見守ることにした。


「ほんじゃ、ちょいとやらせてもらうぜ! 怪物さんよッ!」


 クリーチャーが明に気づき、突進してくる。明は陸上選手さながらクラウチングスタートのような姿勢を取っている。すると、明の足の周りに粒子が集まっていく。瞬く間に明の足が美しい金色に発光し始めた。明は突進してくるクリーチャーの角が当たるかどうかというところで、左側ビルの壁へと飛んだ。私と拓夢も砂埃が立ち込めるクリーチャーの両脇に陣取る。


「そんなノロマじゃ、俺には着いてこれない、ぜ!」


 ビルの壁を利用して、明は更に空高く舞い上がる。ちょうどクリーチャーの背にある甲羅の真上だろうか。太陽と重なり逆光で明のシルエットが浮かび上がっていた。


「たかっ」


 思わず口に出てしまった。目線を明に集中していると、左手の方から拓夢の声が聞こえてくる。


「狙いやすくさせてあげましょうかね。はぁぁ!」


 拓夢が両手を合わせて手のひらをクリーチャーの方へ向けている。すると、先程の明同様に、今度は紫色の粒が拓夢の手に集まってくる。


「少し大人しくしていてもらいますよ! ヴァーチカルランス!」


 拓夢の叫び声が聞こえた瞬間、クリーチャーの周囲に光の槍が無数に突き刺さり始める。クリーチャーは、鉄格子に閉じ込められたかのように身動きが取れなくなっている。


「グガァァァァァ!」


 クリーチャーの雄叫びが木霊する。すると、次の瞬間、目をそらしていた明の方へ再び目線を移すと、凄まじい勢いで急降下してくる明の姿が見えた。


「フット・・・・・・ブレイク!」


 サッカーでいうところのボレーシュートよろしく、クリーチャーの甲羅頂点を目掛けて、明の足技が炸裂する。


「ウギャァアアアアア!」


 クリーチャーの甲羅は粉々に粉砕された。地面には地割れでも起きたかのように亀裂が入っていて、その威力を物語っていた。次第にクリーチャーの身体は徐々に粒子となって消えていき、完全に消えてなくなるまで、さほど時間はかからなかった。


「目標の消滅を確認。残り三体です」
「ふう。こんなもんだな」
「・・・・・・結構すごかった」
「だろ?」
「まぁ、アレだけピンポイントで狙えたのは、私のおかげですけどね」
「別に頼んでなかっただろー?」
「あのまま蹴り飛ばしてたら、私と美咲さんにも被害が及んでいましたよ」


 正直、明はチャラチャラしていてどこか苦手意識があった。ハンターと聞いて最初は拍子抜けしたが、今はその実力をまじまじと見せつけられあのとき邪険にした態度を取ったことを申し訳なく思った。これが、ハンターなんだ――。


「Aチーム、こちらオペレーター。現地点から西に四百メートル、同様の小型クリーチャー二体の出現を確認しました。ルートデータを送信します。直ちに討伐へ向かって下さい」
「さあ美咲さん、次は美咲さんの出番です。期待していますよ」
「・・・・・・分かった」


 なぜだろう。あの夜、私に恐怖心はなかった。躊躇なく「死」を選んだ人間が、何故今「死」を恐れているのだろうか。そもそもこれは恐怖心なのだろうか。私はその気持を押し殺し、再び明や拓夢たちと走り出した。

 戦いはまだ始まったばかりだ――。

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